科学技術日本語は、科学技術分野で用いる日本語である。英語のTechnical Writingの手法に準じて書く。本稿では、P. A. Masterによる“Science Medicine and Technology”(Master 1986)を英語のTechnical Writingの基準とする。本書は著者が米国でポスドクだった時に、地元の大学でScience as a Second Languageを受講したときの教科書であった。明快な記述に感動し、英語での論文執筆に関して蒙を啓いた気がした。以来、論文執筆の際の座右の書としている。

筆者は、大学で教鞭をとっている間、多くの大学院生を指導した。日本においては、technical writingに全く触れることなく大学院生になり、論文を書く段になって難渋する。指導教官は、学生が書いてくる文章をほとんど真っ赤になるまで添削することを嫌というほど個別に繰り返さなければならない。その大部分は、英語の文法の問題ではなく、論理の展開の手法を知らないことで発生する問題の修正だった。高校もしくは大学教養の授業で、日本語でよいからtechnical writingのエッセンスを学んでおいてくれたら、研究現場における論文指導がずっと楽になるに違いない。同様のことは、ある装置の仕様書や取り扱い説明書、特許文書を書くときにも言えるはずだ。

本稿の目的は、Master (1986)に書かれたTechnical Writingの手法を、日本語に再構築することで科学技術日本語を確立することである。英語と日本語の文章構造の違いがあるので、その作業は必ずしも自明ではないが、本質を失わずに移す努力をした。日本語に最も欠けている段落の構成法を中心に記述している。

本稿では、多くの科学技術関係の文章のように、文頭で頭ごなしに結論が書かれている。その論証は、その後の記述で順々に行われる。文頭の結論が納得できない場合でも、それを頭の隅に置いて読み進んでいただきたい。その後の説明を読み、様々な例題と練習問題をこなすうち、文頭の結論の真の意味が納得できるに違いない。

本稿では、科学技術の様々な場面で使われる図を豊富に用意した。これらを参照しつつ、例題と練習問題で説明文を書く課題をこなしながら、段落構築の技術が習得できるようにした、初心者が自習しつつ科学技術日本語を習得できるように。

言わずもがなではあるが、本稿では、科学技術に使う日本語のみ議論し、そうでない日本語には触れない。科学技術日本語では、科学的事実を誤解なく伝えることを本義とするので、散文的で殺風景この上ない文章で構わない。

本稿は以下のような構成になっている。まず、2節で科学技術日本語の基本則を示し、3節で段落について4節でその冒頭に置かれる定義文の作り方について論じる。また、5節で定義文に続く展開計画文について述べる。6節、7節、8節では、それぞれ、空間分割、時分割、分類による記述展開について論じる。さらに、9節で推敲時の注意点について述べ、10節でまとめる。Master (1986)に準じて、4節で制限的関係代名詞、6節で文頭接続詞による文の整理、および非制限的関係代名詞と連用形の中止法による文の結合、7節で文末接続詞による文の結合について説明している。これらは、それぞれの節で必要される文法に概ね対応している。

参考文献
1)P. A. Master, 1986, Science, Medicine and Technology, English Grammar and Technical Writing, Pretice-Hall Inc., Eaglewood Cliffs, New Jersey 07632.