第6節 空間分割による記述展開
本節では、空間分割による記述展開(6.1.小節)と文頭の副詞による整理(6.2.小節)および、文の結合(6.3.小節)について解説する。
6.1. 空間分割による記述展開
展開計画文が空間分割を定義する場合、その後に個々の空間分割記述を、展開計画文で述べたA1、A2、A3、A4の順で行う。それぞれの文頭に「まず」、「次に」、「また」、「さらに」、「最後に」などの順番を表す副詞を配する。A1の部分記述はA1の定義文に始まり、それを補足するいくつかの文で構成される。A2、A3、A4も同様に行う。
AはA1、A2、A3、A4に分けられる。まず、A1は、、、。
次にA2は、、、。
また、A3は、、、。
さらに、A4は、、、。
個々の部分記述が長いときは、A2、A3、A4の記述部分を独立した段落とする。
例題 10 Figure 3を参考に例題7で作った展開計画文に続く空間分割による記述展開部を作りなさい。また、計算機の定義文を作り、冒頭に置いて、計算機に関する段落を完成させなさい。
解答例
計算機は装置である、其はデータを処理する。計算機は、中央演算装置、主記憶装置、入出力装置、そして、それらをつなぐバスからできている。まず、中央演算装置は、主記憶からプログラムとデータを入力し、プログラムに従ってデータを処理して、その結果を主記憶装置に書き込む。必要に応じて入出力装置からデータを入力し、得られた結果を出力する。次に主記憶装置は、プログラムとデータを記憶する。また、入力装置は、データの入出力を行う。最後に、バスは、3つの装置の間を接続し、データのやり取りを可能とする。
練習問題 14 Figure 4を参考に、練習問題7で作ったミトコンドリアの空間分割展開計画文に対応する記述展開部を作りなさい。また、ミトコンドリアの定義文を冒頭に置いて、ミトコンドリアに関する段落を完成させなさい。同様に、葉緑体に関する段落を完成させなさい。
例題 11 Figure 5を参考に例題8で作った展開計画文に対応する記述文を作りなさい。また、精子の定義文を冒頭に置いて、に関する段落を完成させなさい。
解答例
精子は雄性の生殖細胞である、其は運動能力を持つ。ヒト精子は、頭部、中片部、尾部、そして終末部に分けられる。まず、頭部には、先体小胞と核がある。先体小胞は、ゴルジ体から形成され、受精の際に必要な酵素類を含んでいる。核は、減数分裂で半数体になったDNAが含まれている。次に、中片部には中心小体とミトコンドリアがある。中心小体から伸びる微小管が軸糸を形成し、モーターを形作っている。ミトコンドリアが、その周りを取り囲みエネルギーを供給している。軸糸が、尾部を貫通して鞭毛運動を駆動している。さらに、尾部は先端に行くにしたがって次第に細くなる。最後に、終末部は、尾部の末端の短い部分である。
6.2. 文頭の副詞による文の整理
文頭に接続詞を置くことで、段落の中でのその文の位置づけを示し、可読性を向上させる。文頭に置く接続詞は、読点をつけて文本体と分ける。
6.2.1. 列挙
展開計画文で挙げた部分について記述するとき、以下のような列挙の接続詞を文頭に置く。
まず、次に、また、さらに
第一に、第二に、第三に、最後に
1点目は、2点目は、3点目は、終わりに、
これらを置くことにより、段落のどこからどこまでが、展開計画文で分けたどの部分に対応しているかを明確にする。
6.2.2. 原因、理由、推論
前の文で原因や理由を述べ、その論理的帰結として後ろの文が記述されるとき、後ろの文の先頭に、以下の接続詞が置かれる。
だから、
そのため、
このため、
したがって、
6.2.3. 理由付加
前の文で結論を述べ、後ろの文でその理由を記述するとき、後ろの文の先頭に、以下の接続詞が置かれる。
というのは、
その理由は、
なぜなら、
6.2.4. 逆接
前の文とは逆の主張を始めるときに、以下の接続詞を文頭に置く。
しかし、
しかしながら、
ところが、
一つの段落では一回以上使わない。複数回使いたくなったときは、論理が輻輳していることを意味する。論理を整理するか、段落を分ける。
6.2.5. 言い換え、まとめ
前の文の記述を、別のことばで言い換えたり、まとめたりするときに、以下の接続詞を文頭に置く。
つまり、
要するに、
言い換えると、
6.1.6. 転回
うまく行かない理由や困難な点を列挙した後に、それらに対する解決策を提示するときに、以下の接続詞を文頭に置く。
そこで、
この「そこで」で始まる段落は、科学技術的文書(提案書や企画書)で、最も重要な部分になる。
6.3. 文の結合
科学技術日本語では、二つの文が結合されて併せて重要な意味を表現する場合がある。ここでは、非制限的関係代名詞と連用形の中止法による結合を説明する。
6.3.1. 非制限的関係代名詞
非制限的関係代名詞「其」で結合された文は、其を省略して二文分ける。つまり、
(文25)象は動物である。鼻が長い。
(文26)象は動物である。地上最大である。
(文27)温度計は装置である。温度を測る。
(文28)牝牛は家畜である。ミルクを生産する。
(文29)笹はイネ科の植物である。パンダが食べる。
と書く。逆に、読む場合に、第二文に主語が見当たらないときは、その文頭に本来あるはずの非制限的関係代名詞「其」とそれに付属する助詞が省略されており、第二文は先行詞に対する補足的な説明を加えている。
夏目漱石の「吾輩は猫である」の冒頭の二文
(文30)吾輩は猫である。名前はまだない。
については、第二文の冒頭に「吾輩の」が省略されていると一般には解釈されている。しかし筆者は、本来なら
(文31)吾輩は猫である、其の名前はまだない。
と書きたかったところ、関係代名詞「其」が日本語にはないので仕方なくその部分を省略したと考える。
夏目漱石をはじめとした明治の文豪は、西欧の言語に接して新しい言語「現代日本語」を創造した。その際、関係代名詞の移植については、あまりに困難なのであきらめてしまったように見える。その仕事は後代の我々に残された課題である。
例題 12 例題 1の定義文を、其を省略して二文に分けて書き直しなさい。
- 地震は弾性波である。固体地球を伝わる
- 恒星は天体である。自ら光を発する。
- 地球は岩石でできた惑星である。太陽系の内側から三番目に位置する。
- タンパク質は高分子化合物である。20種類のアミノ酸が鎖状に多数連結してできる。
- 金属は物質である。電気を通す。
- 蒸気機関は装置である。蒸気を使って動力を作り出す。
- は動物である。首が長い。
- パンダは動物である。笹を食べる。
- 被子植物は植物である。めしべが子房を形成し、その中に胚珠(はいしゅ)があり、受精すると子房が果実になり、胚珠が種子になる。
- 発電機は装置である。電気を作る。
このように書いた場合、第二文は先行詞を制限しておらず、単に第一文の主語に関する補足情報を加えているに過ぎないので、定義文にはならないことに注意しよう。
練習問題 15 練習問題 1に与えられた事象についての定義文を、其を省略して二文に分けて書き直しなさい。このときどのように意味が変わるかについて考察しなさい。
6.3.2. 連用形の中止法
動詞の連用形の中止法を使った構文を使うと簡便に二文を並置できる。この形式を借用して、
(文32)象は鼻が長く、耳が大きい。
(文33)象は世界最大の動物であり、アフリカとインドに生息している。
(文34)乾湿温度計は温度を測り、湿度も測定する。
(文35)牝牛は牧草を食べ、ミルクを生産する。
(文36)笹は匍匐茎を伸ばし、密集した群落を形成する。
と書く。ここでは第一文と第二文はほぼ同列できる概念を記述する。鼻と耳の性質、体の大きさと生息域、温度と湿度には階層差はなく同列における概念である。また、文33と34のように、時間の経過(牧草を食べるのが先)や因果関係(匍匐茎が群落形成の原因)のニュアンスを示している場合もある。
例題 13 例題 1の定義文を、其を省略し連用形の中止法を適用して書き直しなさい。
- 地震 地震は弾性波であり、固体地球を伝わる
- 恒星 恒星は天体であり、自ら光を発する。
- 地球 地球は岩石でできた惑星であり、太陽系の内側から三番目に位置する。
- タンパク質 タンパク質は高分子化合物であり、20種類のアミノ酸が鎖状に多数連結してできる。
- 金属 金属は物質であり、電気を通す。
- 蒸気機関 蒸気機関は装置であり、蒸気を使って動力を作り出す。
- Giraffa camelopardalis Giraffa camelopardalisは動物であり、首が長い。
- パンダ パンダは動物であり、笹を食べる。
- 被子植物 被子植物は植物であり、めしべが子房を形成し、その中に胚珠(はいしゅ)があり、受精すると子房が果実になり、胚珠が種子になる。
- 発電機 発電機は装置であり、電気を作る。
練習問題 16 練習問題 1に与えられた事象についての定義文を、其を省略し連用形の中止法を適用して書き直しなさい。このときどのように意味が変わるか考察しなさい。